寝たきりになったのに退院を迫られた
入院する前よりも歩けなくなったのに、病院から「退院してほしい」と言われた――。こんな、患者の家族の戸惑いの声を聞くことがあります。「病院は治療して、患者が元の生活に戻れるようにする施設」と思われていますが、そうならないケースは珍しくありません。
過去に脳梗塞を起こしたことがある70歳代の女性は、ある日、食事が取れなくなり、動けなくなってしまいました。「また脳梗塞を起こしてしまったのではないか」。家族はそう思い、救急車を呼びました。急性期病院に搬送されて検査を受けましたが、新たな脳梗塞の所見はなく、はっきりとした原因は分かりませんでした。ただ、家族の強い希望により入院となり、口から食べられないという理由で、鼻から管を入れて栄養を取ることにしました。
入院中は、転倒リスクや安全管理の観点から歩行を制限されることがあります。寝たきりの生活が長引くと、筋肉や関節、内臓などの機能が著しく衰えてしまいます。「廃用症候群」と呼ばれ、たとえ病気の治療はうまくいっても、以前のように動けなくなってしまうのです。
この女性は、入院中に 誤嚥性肺炎や尿路感染を繰り返し、その間に廃用が進み、ほぼ寝たきりとなってしまいました。管による栄養摂取が続き、ご家族は「この状態では、家では看病できない」と悩まれました。しかし、病状が落ち着いていることから、病院からは退院してほしいと言われたのです。
「入院が長引くほど筋力が落ちる」「病院は治療の場であって、生活を支える場ではない」という前提があります。しかし、家族は「入院すれば元気になる」「退院するときは元通りに近い状態であるはず」と考えていることが多く、そこに大きなギャップが生じています。
この女性の病状はその後、安定したものの、「退院して自宅に戻るのは困難」と判断されて療養病棟に転院しました。
急性期病院には、できるだけ早く退院してほしいという意図があったと思います。しかし、女性は様々な合併症を持っており、回復は想像以上に難しいものでした。だからこそ、入院中から「退院後の生活」を見据えた準備が必要です。医師、看護師、リハビリスタッフ、医療ソーシャルワーカーなど、多職種が連携して退院支援を行い、必要に応じて在宅介護、施設入所、リハビリ入院、療養病棟などの選択肢を検討していくことが大切です。
患者や家族も、「今の状態では家での生活が心配」「介護サービスについて知りたい」というのであれば、地域の行政機関や専門機関、医療関係者、民生委員などに相談しましょう。
「入院前より悪くなっている」と感じることは、とてもつらいことです。しかし、現実から目をそらさず、「どうすればこれからの日常を支えられるか」と考えていくことが、次の一歩につながります。
(出典:https://www.kyoukaikenpo.or.jp/)
■廃用症候群
廃用症候群(Disuse Syndrome)は、身体や精神の機能低下を起こす状態で、長期間にわたる身体的な活動や使用の減少・停止が要因です。特に、病気や怪我、手術、長期の臥床療養、または精神的な理由などにより、日常的な動作や活動を行う機会が制限されると発生しやすくなります。廃用症候群は、多岐にわたる臓器や機能に影響を及ぼし、結果としてQOL(生活の質)の低下、社会活動の制限、身体的な衰弱や合併症を引き起こします。廃用症候群の主な特徴と兆候
廃用症候群の兆候は、身体的、精神的、社会的側面にわたります。代表的な身体症状は、筋力低下や関節可動域の減少、筋萎縮です。長期臥床による筋肉委縮は、歩行や日常動作に支障をきたし、転倒や骨折リスクも高まります。さらに、関節が硬くなり、動きが制限されることもよくあります。精神面では、意欲や気力の低下、抑うつ状態、認知機能の低下など。これらは精神的な疎外感や孤立感を促進する結果となります。社会的な影響では、長期間の安静や身体的制約により、社会活動や趣味、仕事からの離脱、孤立感の深刻化などが生じます。
廃用症候群の発生メカニズム
廃用症候群の発症には、身体・心理の両面からのメカニズムがあります。身体的には、運動不足により筋肉の萎縮や関節の硬化が進行し、血液循環の減少や骨密度の低下も促進されます。これらにより、リハビリテーションや身体活動への適応が困難になり、二次的な合併症を引き起こすこともあります。一方、心理的側面では、長期の療養や身体制約に伴うストレス、孤独感、意欲の低下が、身体活動の再開を妨げる悪循環を生み出します。精神的なストレスや不安は、交感神経系や免疫系のバランスを崩し、さらに身体機能の低下を助長します。
廃用症候群の予防と対策
廃用症候群の予防・改善には、多角的なアプローチが重要です。まず、早期のリハビリと積極的な身体活動の促進は不可欠。特に長期臥床を余儀なくされる場合でも、患部の運動や、理学療法士の指導による関節や筋肉のストレッチ、筋トレが推奨されます。また、日常生活の活動量を増やす努力も重要です。杖や歩行器などの補助具を使った活用した歩行訓練や、座ったままできる体操も効果的です。併せて心理的ケアも行えば、モチベーションの維持や精神的なサポートが可能となります。さらに、栄養管理や適切な休息、睡眠の質向上も、身体と心の回復に寄与します。多職種連携による包括的なケア体制の整備が鍵でしょう。
廃用症候群の治療とリハビリテーション
既に発症した場合の治療は、原因の除去とともに、身体的・精神的機能の回復を目指します。具体的には、段階的な身体活動の導入、理学療法や作業療法、リハビリテーションプログラムの実施、精神的支援や社会的支援を組み合わせて行います。早期の介入で、筋肉や関節の硬化を防ぎ、日常生活動作の回復が可能です。








